人との関係をうまくするハウツー本というのがあって、中身を見てみると
「すぐに愚痴をこぼす同僚との付き合い方」とか
「キレル上司をうまくコントロールする」とか
書いてあったりするのですが、どうなんだろう。うまくいかないような気がする。
相手に対する気持ちはどんなに表面を取り繕っても、じわりとにじみ出てしまうもので、結局のところ、うまくいかないような気がする。
人間関係においては、巧くやろうとせずに誠実にやろうとするほうが大事だ。
という説を私も採りたい。
最近、カタカナ多いですよ。と言われているので、一応、補足。
モチベート:motivate 人を勇気付けること。鼓舞させること。
人を勇気付けることはその人の為ばかりではなく、自分自身にも見返りがありますよ。ということ。
別に利己的なことを説きたいわけではないのだけれど、人をモチベートするのはパワーも根気もいるので、時々、おざなりになってしまうことがある。そんなときにはこの言葉を思い出して欲しい。
傍にいる誰かがやる気を出してプロジェクトをまわしているのを見ると、自分自身もやる気が出てくる。だから、自分の周りにいる人を積極的に勇気付けてあげましょう。
最近、SNSの一部のトピックが酷い。特に環境系の一部とか。
例えばこんな感じ。
A「いっていることがクソだ。何にも知らないくせにでしゃばるな!」
B「Aさん。あなたの方が勉強不足じゃないですか?」
A「何いってんだよ。お前のやっていることは詐欺みたいなもんじゃないか。ホント死んだほうがいいね」
もうね。無茶苦茶。。
趣味系の場合だとこういうことにはならない。
「ああ。○○派の人ですか。僕も××は好きなんですけど、でも、やっぱり離れられなくてね」
とかそんな感じになる。
どうやら人間は一つのことを信じると、その他のことが悪と映るらしい。特に、社会通念上、善行といわれていることに関してはそうなりがちだ(と思う)。これは気をつけないといけない。絶対悪は定義できると思うが、絶対善というのは定義できないと思うから。
世の中のためを思って活動していることが、実際には弊害を生む場合もある。例えば、バイオエネルギーが環境によいからと多量につくってみると、今度は発展途上国の食糧が激減して、餓死者が増えたという話もあったりする。
自分が信じている道を歩むのはいい。
ただ、それを強制したり、他人の道を非難する謂れは何もないのである。
人は往々にして、他人が進んでいる道を自分の価値観で判断しようとする。それは必要ない。他の人がどういう道をいこうとしているのかを理解するだけで十分であり、それに対して自分の価値観で推し量ろうとしてはいけない。
その他のアイディアメモ:
・絶対悪の定義? 絶対善は存在しない?
・では、行動レベルでバッティングした場合はどうすんのさ?
